今回の西日本で起きた災害で、「被災地に何か送りたい」と思う人々はたくさんいることと思う。
募金や、食料・生活用品などの支援物資の他に、千羽鶴を作って送りたいという人もいるらしい。

この、被災地へ送る千羽鶴がネット上で物議をかもしている。
今回はこの件について筆者が考えたことを中心に話していきたい。


千羽鶴とは


千羽鶴といえば、入院している病人へのお見舞いで送るイメージが強い。
他には、野球などのスポーツの応援や、広島や沖縄へ、平和活動の一環として贈られる。
筆者は学生時代、夏になると広島に贈るための千羽鶴を折らされたことがあり、これが一番馴染み深い。

千羽鶴には、鶴が千年生きると言われていることから、長寿またはそれを願う意味があるのだそうだ。
そこから病人へのお見舞い、転じて平和への願いを託して作るようになったのかもしれない。


被災地へ送る千羽鶴は迷惑なのか


これが本題だ。
果たして本当に、私たちが被災地へ千羽鶴を送る行為は迷惑なのか?

筆者の考えは、はっきり言って「迷惑ではない」と思う。

だが最後まで聞いてほしい。
この意見は「被災地へ千羽鶴でもなんでもバンバン送ったらいいよ!」というものではない。

被災地へ送られる千羽鶴にはおそらく、被災地で大変な思いをし、また今も不自由な生活に耐えている人々を想う気持ちがこめられているのだろう。
その気持ちはけして、迷惑なんかじゃないと思いたい。

でも、ちょっと考えてみてほしい。
自分が被災した側だったら―― いや、被災していなくても、風邪をひいてちょっと寝込んだとかでもいい。
そうでなくても、すごく困っていて大変な状況だったら・・・
「今すごく欲しいもの」「今すごく必要なもの」をもらえたら、すごく嬉しいのではないだろうか。

相手もきっとそうだ。
それは、その欲しいものや必要なものをくれたから嬉しいのももちろんだが、「それをくれた」という気持ちも同様に嬉しいんじゃないだろうか。

もっと言うと、欲しいもの・必要なものを送ろう、と思ってくれた気持ち。
困っている人に何かしてあげよう! という気持ちはすごく素敵だし、すばらしいことだと思う。

だから、千羽鶴がダメとか迷惑とかじゃなくて、その気持ちを、別の気持ちに変えてみませんか、ということだと思う。


その気持ちは本当に善意ですか?


これを書くと嫌な気持ちになる人もいるかな、と思って迷ったのだけど、やっぱり書くことにする。

この件で、「人の善意はありがたく受け取っておけ」みたいな意見があった。
送る側の気持ちなのかもしれないけど、送る側はそんな風に思って送ってるんだろうか。

そうだとしたら、その気持ちは本当に善意なのか?

被災した方々や、またその為のボランティア活動は、あなたの善意を押しつけるためものではない。
また、あなたの承認欲求を満たすためのものでも。

最後に

被災地への募金は主に以下からできるようです。

  • 日本赤十字社HP
  • Yahooネット募金
  • 赤い羽根共同募金

被災地の一日でも早い復興を祈っております。