何年か前に、『内向型人間の時代』という本を読みました。
まさに“目から鱗”でした。

外向型人間の存在への驚き


なんでこんなに驚いたのか、そもそも何にそんなに驚いていたのかというと

以前のHSPについて書いた記事では、
「自分ってHSPという気質を持っていたのか~!」っていうタイプの驚きだったのですが、

今回、『内向型人間の時代』を読んで感じたのは 「自分は内向型人間だったのか!」ではなく、
いや、そっちの衝撃もあったのだれど、それよりなにより筆者が驚いたのは、

「外向型っていう性質(気質)をもった人々がいるのか!!」

という向きの驚きでした。

常日頃なんとなく周りの人間との間に感じていた、ごわごわした妙な違和感のようなものの正体はこれだったのかと。
自分とは明らかに違う性質を持っていながら、彼らはこぞって似たような性質(気質)でもって集まっているような気がして、なんとなく疎外感のようなものを感じていました。


内向型と外向型の違い


『内向型人間の時代』では、「エネルギーの蓄え方の違い」とのことでした。
要は充電方法が違うのですね。

外向型の人間は主に自分の外側からエネルギーを得て蓄えるようです。
友達と遊んだり、ショッピングモールへ出かけたり・・・
そうした外部からの刺激(パワー)を得てエネルギーに還元するのですね。

一方、内向型の人間の場合、外向型人間とは逆に内側からエネルギーを蓄えるとのこと。
つまり、ひとりで時間を過ごすことで心が安らぐのでしょう。
例えば本を読んだり、絵を描いたり、ネットサーフィンをしたりなどがこれにあたるのではないでしょうか。

ほかにもいろいろ特徴が書いてありましたが、読めば読むほど自分て内向型人間なんだなぁ・・・と思わされました。

また別の本になりますが、『内向型を強みにする』という本では
「外向型人間は話しながら考え、内向型人間は考えてから話す」とありました。

外向型の人間は、よくも悪くもまずは物事に飛び込んでみるらしいです。
一方内向型の人間は、良く言えば慎重で、悪く言えばビビり。

筆者もなにか新しいことを始める場合はよく考えるタイプです。
石橋をたたいて渡るタイプ、とでもいいましょうか・・・。

でも叩いて叩きまくって結局渡らないこともしばしばあります。


内向的人間とは内気な人のことなのか?


上記で話した本を読んでて、ちょっと思ったのですが・・・

内気または人見知りだけれど、どちらかといえば外向型の人もいるんでないの?
逆に、気が強くて、内向的な人もいるのでは?

クラスでなんだかんだ誰かとつるんで一人になりたがらない内気そうな女子などは前者にあたるような気もするし、
一方でクラスでいじめられているわけでもなく友人もいるのに一人でいるのを好む女子もまれに見ます。

こちらは多分後者なのではないでしょうか?

こう考えると内向的なのも全然悪いことではないように思えてきます。
そもそも、多数派が善で、少数派が悪みたいな考えが間違っていると筆者は思います。

内気には内気の良いところもあるし、強気には強気の良いところや悪いところがあると思います。
生まれ持った性質を良いとか悪いとか無理やり区別することの方がおかしいんじゃないかと。

はやくだれもが心穏やかに暮らせるようになればいいのになぁ。

場面緘黙症とは、特定の場所や状況で話すことができなくなる精神疾患です。

対人恐怖症や視線恐怖症を併発している人も少なくないでしょう。
むしろ、場面緘黙症の人の多くは、話すことができないことと同じように 「ほかの人のようにできないこと」について悩んでいることも多いことと思います。

今回は、私が特にできないこと・学生時代にできなかったことについてお話しします。

①表情を作る・表情を変えること


中には笑顔を作れることができる人もいますが、筆者はなかなか笑顔を作ることができませんでした。

保育園~小学校低学年くらいのときは筆者を何とかして笑わせようとしてくすぐってくる子たちがいて大変でした。
笑いのツボは浅くはなかったし、くすぐりにはけっこう強い方だったのが救いでした。
くすぐられてもくすぐったいとは思わずむずがゆいような感じがするタイプです(今も)。

小さい頃からそんな感じで笑わない子だったので、笑ったときにはよく「○○ちゃんが笑った!」と言われて、笑うことを我慢することを覚えはじめました。
今思うと、それを最初に言ったのは担任の先生で、普段笑わない筆者が何気ないことで笑ったのが単純に嬉しかったのだろうなぁと。

でもそれが、気軽に笑えなくなったことの原因の一端であることは事実だと思うし、その後もなんだかんだとそういったことを言われ続けて、今では人前では笑わないように意識しています。

それが原因かは分かりませんが、愛想笑いとかもできずに、就職活動では先生方に注意され続けていました。
笑うことはできないくせに、話せないことに関するほかの生徒や先生方とのトラブルでよく泣いていたのは自分でも不思議です・・・。


一方で笑える人もいる

一方で、場面緘黙症の人たちのなかには、愛想笑いなどはできるという人もいるという話はツイッターなどでちらほら耳にします。

筆者が思うに、愛想笑いはお面のようなもので、一種の形式だからできるのかなと。
以前の記事(場面緘黙症の人は年上の方が話しやすい? 理由を分析してみた)で、敬語の方が話しやすいという話とちょっと似ていますね。
というかむしろズバリそのものなのでは・・・?


②声の調節・大きな声を出すこと


筆者は現在、大きな声を出すのが苦手です。
小さい声しか出ないというのとはちょっと違って、どのくらいの声を出せば大きな声になるのかわからない、といった感じでしょうか。

「話す」ということの経験不足からくるんじゃないかなぁと思っています。
新しいテレビや音楽プレイヤーなどの音が出る機会を買ったときって、ボリュームをいくつにしたらちょうどいい音量になるかわからないじゃないですか。

筆者の経験で言うと、小学生のころに一度、内緒話のようなものをしようとして、声が大きすぎて・・・という経験があり、それからちょっと声を出すのをびびっている節があります。

あとは時々、不安や緊張によって小さい声しか出なくなるというようなこともあります。 勝手に喉から出る声をしぼられている感じです。
これは緊張している人ならだれでもあることだと思うので、上手く緊張や不安を取り除いていくしかないんだろうなぁと思います。

HSPという言葉を知っていますか?

昨年だったか一昨年だったか忘れてしまったのですが、学校帰りに立ち寄った本屋で、「HSP」に関する本を見かけました。
誰が書いたなんという本だったか忘れてしまったのですが、まさに自分のことを書いているような本でした。

場面緘黙症のことを初めて知ったとき以来の衝撃でしたね。

HSPとは

「ハイリー・センシティブ・パーソン」の略で、さまざまな精神的・肉体的な刺激に敏感な気質またはそういった気質をもった人をことをいいます。 どこの国にも5人に1人はいるそうです。 特徴の例を簡単に挙げるとこんな感じ。

精神的な特徴

  • 他人の気持ちに自分の気分が影響する
  • 空想や妄想によくふける
  • 短期間でたくさんのことをこなすのが苦手(混乱する)
  • ミスや忘れ物に常に注意している

身体的な特徴

  • 痛みに敏感
  • 光・匂い・触感などが苦手または敏感、圧倒される
  • カフェインに敏感
  • 料理の味や匂いの変化に敏感

思い当たることが多すぎる

HSPについて調べていると、自分に当てはまることがかなりあってびっくりします。

私の場合、料理の味や匂いに敏感です。
自分では特別そんな自覚はないのですが、母には鋭いとよく言われます。
母の作った食事で、いつもと違うところがあると必ず気付ける自信があります。

精神的な特徴でいうと、無駄に空気を読んでしまいます。
学校など、外出しているときは常に空気を読んでいるくらいです。

そのためか、困っている風な人が直感的に分かることがあります。 
それが分かるタイミングや原因は、その人の素振りだったり、雰囲気だったり、様々です。

筆者は場面緘黙症であるため、なかなか自分から声を出して助けることができませんでしたが・・・。

また、表情や感情をなかなか表に出さないと言われている場面緘黙症の中では珍しく、よく泣く子でした。
今はそんなに泣く場面はありませんが、特に保育園時代~小学生のころは、理由はあまり覚えていませんけれど、よく泣いていた記憶があります。

繊細すぎるのは長所かもしれない

私の場合、内向的な性格や、場面緘黙症であることもあり、自身がHSPであるということをプラスに受け止められていないのですが、 人によっては、というかほとんどの人にとってはある意味長所になりうるのではないでしょうか?

意識せずとも空気を読んでしまったり、相手の顔色をうかがってしまうというのは、営業関係の仕事なんかだと顧客の表情を見ることってとても重要なことだと思います。

とはいえ、本人にとってはつらいこともあるかもしれませんので、仕事を選ぶ際にはそういったことをさけて選ぶといいのかもしれません。

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